此書の前編上の巻雪中の火といふ条に、六日町の(魚沼郡)西の山手に地中より火の燃る事をしるせしが、地獄谷の火の㕝をもらせしゆゑこゝにしるす。○およそ我越後に名高く七不思議にかぞへいふ蒲原郡如法寺村百姓荘右エ門(七兵衛孫六が家にも地火あり)が家にある地中より燃る火は、普く人の知る所なれども、其火よりも盛大なるは魚沼郡のうち、かの小千谷の在地獄谷の火なり。唐土に是を火井といふ。近来此地獄谷に家を作り、地火を以て湯を燂し、客を待て浴さしむ、夏秋のはじめまでは遊客多し。此火井他国にはきかず、たゞ越後に多し。先年蒲原郡の内或家にて井を掘しに、其夜医師来りて井を掘し㕝を聞、家に皈る時挑灯を井の中へ入れそのあかしにて井を見て立さりしに、井中より俄に火をいだし火勢さかんに燃あがりければ近隣のものども火事なりとしてはせつけ、井中より火のもゆるを見て此井を掘しゆゑ此火ありとて村のものども口々に主人を罵り恨みければ、主人も此火をおそれて埋けるとぞ。此地火一に陰火といふ。かの如法寺村の陰火も微風の気いづるに発燭の火をかざせば風気手に応じて燃る、陽火を得ざれば燃ず。寛文のむかし荘右エ門が(如法寺村)庭にて韛をつかひたる時より燃はじめしとぞ。前にいふ井中の火も医者が挑灯を井の中へさげしゆゑその陽火にてもえいだしたるなるべし。
●さて又頸城郡の海辺に能生宿といふは北陸道の官路なり、此宿より山手に入る㕝二里ばかりに間瀬口といふ村あり、こゝの農家に地火をいだす㕝如法寺村の地火に同じとぞ。此ほとり用水に乏しき所にては、旱のをりは山に就て井を横に掘て水を得る㕝あり、ある時井を掘て横にいたりし時穴の闇きをてらすために炬を用ひけるに、陽火を得て陰火忽ち然あがり、人是が為に焼死しけるとぞ。是等の㕝どもをおもひはかるに、越後のうちには地火をいだす火脉の地多く、いまだ陽火を得ずして発せざるも多かるべし。
百樹曰、余小千谷にありし時岩居余に地獄谷の火を見せんとて、社友五人を伴ひ用意の酒食を奚奴二人に荷しめ、余与京水と同行十人小千谷をはなれて西の方●新保村●薮川新田などいふ村々を歴て一宮といふ村にいたる、山間の篆畦曲節て茲に抵る行程一里半可なり。是日はことに快晴して村落の秋景百逞目を奪ふ。さて平山一ツを踰て坡あり、則地獄谷へいたるの径なり。坡の上より目を下せば一ツの茅屋あり、是本文にいへる混堂なり。人々坡の半にいたりし時、茅屋の楼上に四五人の美婦あらはれ、おの〳〵檻によりて、遙にこの人々を指もあり、あるひは笑ひ、あるひは名をよび、あるひは手をうちたゝき、あるひは手をあげてまねく。四面皆山にて老樹欝然として翳塞の中に個美人を見ること愕然し、是狸にあらずんばかならず狐ならんといひければ、岩居友だちと相顧、手を拍て笑ふ。これは小千谷の下た町といふ所の酒楼に居る酌採の哥妓どもなり、岩居朋友と計りて竊に此に招おきて余に興させん為とぞ。渠は狐にあらずして岩居に魅されたるなり。已に地獄谷にくだり皆楼にのぼれり。岩居は余と京水とを伴ひてかの火を視せしむ。
●そも〳〵茲谷は山桜多かりしゆゑ桜谷とよびけるを、地火あるをもつて四方四五十歩(六尺を歩といふ)をひらきて平坦の地となし、地火を借りて浴室となし、人の遊ぶ所とせしとぞ。桜谷とよびたる処地火のために地獄とよばるゝこと、花はさぞかし薀憤かるべし。
●さてその火を視るに、一ツの浅き井を作りたるその井中より火の燃る事常の湯屋の火よりも盛なり。上に釜あり一間四方の湯槽あり、細き筧ありて后の山の清水を引き湯槽におとす。湯は槽の四方に溢れおつ、こゝをもつて此湯温からず熱からず、天工の地火尽る時なければ人作の湯も尽る期なし、見るにも清潔なる事いふべからず。此混堂に続きて厨処あり、灶にも穴ありて地火を引て物を烹薪に同じ。次に中の間あり、床の下より竹筩を出し、口には一寸ばかり銅を鉗て火を出さしむ。上より自在をさげ、此火に酒の燗をなしあるひは茶を煎、夜は燈火とす。さて熟此火を視るに、筩をはなるゝこと一寸ばかりの上に燃る、扇にあふげば陽火のごとくに消る。筩の口に手をあてゝこゝろむるに少しく風をうくるのみ。発燭の火を翳せば忽然としてもゆることはじめの如し。主の翁が曰、この火夜は昼よりも燥烈く、人の顔青くみゆるといへり。翁が妻水のうちよりもゆる火を見せ申さんとて、混堂のうしろに僅の山田ある所にいたり、田の水の中に少し湧ところあるにつけぎの火をかざししに、水中の火蝋燭のもゆるが如し。老婆がいはく、此火のやうにもゆる処ほかにもあり、夜にいればこと〴〵く火をもやすゆゑ獣きたらずといへり。余が江戸の目には視る所こと〴〵く奇妙なり。唐土には此火を火井とて、博物志或は瑯瑘代酔に見えたる雲台山の火井も此地獄谷の火のごとくなれども、事の洪大なるは此谷の火に勝らず。唐土と日本とをおつからめて火井の最第一といふべし、是を見たる事越遊の一奇観なり。唐土に火井の在る所北の蜀地に属す、日の本の火井も北の越後に在り、自然の地勢によるやらん。
●さて一人の哥妓梯上にいでゝしきりに岩居を呼ぶ、よばれて楼にのぼれり。余は京水とゝもに此湯に浴す、楼上には早く三弦をひゞかせり。浴しをはりて楼にのぼれば、既に杯盤狼藉たり。嬋娟哥妓袖をつらね、素手弄糸朱唇謡曲迦陵頻伽の声、外面如𦬇の色興を添れば、地獄谷遽然極楽世界となれり。此妓どもを養ふ主人もこゝに来り居て、従る料理人に具したる魚菜を調味させてさらに宴を開く。是主人俗中に雅を挾で恒に文人を推慕ゆゑに、是日もこゝに来りて余に面識するを岩居に約せしとぞ。此人䶕なるゆゑ自ら双坡楼と家号す、その滑稽此一をもつて知るべし。飄逸洒落にしてよく人に愛せらる、家の前後に坡ありとぞ、双坡の字下し得て妙なり。双坡楼扇をいだして余に句を乞ふ、妓も持たる扇を出す。京水画をなし、余即興を書す。これを見て岩居をはじめおの〳〵壁に句を題し、更に風雅の興をもなしけり。
●かくてやゝ日も傾きければ帰路を促しけるに、哥妓どもは草鞋にて来りしとてそれはわしがのなり、これはあれはとはきすてたるを争ふてはきいづる、みな酔興なれば噪閙して途を行く。細流ある所にいたれば紅唇粉面の哥妓紅裩を褰て渉る、花姿柳腰の美人等わらじをはいて水をわたるなど余が江戸の目には最珍らしく興あり。酔客ぢんくをうたへば酔妓歩々躍る。古縄を蛇とし駭せば、おどされたる妓愕して片足泥田へふみいれしを衆人辴然す。此途は凡て農業の通路なれば憇ふべき茶店もなく、半途に至りて古き社に入りてやすらふ。一妓社の后に入りて立かへり石の水盤の涸たる水を僅に掬、手を洗ひしは私に去りしならん。そのまゝ樹下に立せ玉ふ石地蔵𦬇の前に並びたちながら、懐中より鏡を出して鉛粉のところはげたるをつくろひ、唇紅などさして粧をなす、これらの粧具をかりに石仏の頭に置く。外面女𦬇内心如夜叉のいましめもあれば、𦬇はなにとやおもひ玉ふらんともつたいなし。日も已に下晡なればおの〳〵あしをすゝめて小千谷へかへりき。(此紀行別に一本あり、吾が北越旅談にをさむ。)