百六 年賀の哥

北越雪譜 現代語訳
原文現代語訳

私が六十一歳の還暦のとき、年賀の書画を集めた。わが国はもちろん、諸国の文人、三都の名家、芸者、役者、来航した清国人の絶句一首まで得た。みな「牧之に贈る」と記したもので、人から人へと求めて千幅あまりに及び、帖にして所蔵している。ある年、これを虫干しするため店に続いた座敷の障子を開け、年賀の帖を開いて並べておいたところへ友人が来て、年賀の趣向や書画の評などを語っていたちょうどそのとき、巡礼の夫婦が軒下に(わが里の言葉では「廊下」という)立った。わが家ではいつも草鞋を作らせておいてこういう者に施すので、それも銭も与えたところ、この巡礼の老人は立ち去らずに、取り散らかした年賀の帖を心ありげに見入っていたが、こう言った。「及ばずながら私どもも巡礼の腰折れ歌を申しましょう。短冊をください」。乞食のような姿には似合わない言葉で心もとないと思いながら、短冊と硯箱を出すと、

 三途川わたしは先へ百年も君がむかひをとゞめ申さん   五放舎
 (三途の川の渡しは私が先に行って、百年もあなたのお迎えを止めておきましょう)

と書いた筆の運びも下手ではない。年賀にはひとふし変わった趣向であり、巡礼に「五放舎」と戯れた名もおもしろく、友人とともに驚き感心して、宿を施そう、ゆっくり話をしようなどと友人もいろいろ勧めたが、杖をとどめずに立ち去った。国は西国とだけ言った。どういう者だったのだろうか。

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