百樹曰、小千谷の因にいふ、余小千谷の岩居が家に旅宿せし時(天保七年八月)或日筆を採に倦、山水の秋景を観ばやとて独歩いで、小千谷の前に流るゝ川に臨岡にのぼり、用意したる書をかく。毛氈を老樹の下にしき烟くゆらせつゝ眺望ば、引舟は浪に遡りてうごかざるが如く、下る舟は流に順ふて飛に似たり。行雁字をならべ帰樵画をひらく。群木は少しく霜を染て紅々、連山は僅に雪を載て白々。寒国の秋景江戸の眼を新になし、おもはず一絶を得などしてしばしながめゐたるをりしも、十六七の娘三人おの〳〵柴籠をせおひ山をのぼりてこゝにやすらひ、なにやらんものいひかはしてわらふをきく。余は山水に目を奪はれたるに「火をかしなされ」とて烟管さしよせたる顔を見れば、蓬髪素面にて天質の艶色花ともいふべく玉にも比すべし。百結の鶉衣此趙璧を羅む。余愕然し山水を棄て此娘を視るに一揖して去り、樹の下の草に坐してあしをなげだし、きせるの火をうつしてむすめ三人ひとしく吹烟。双無塩独の西施と語るは蒹葭玉樹によるが如く、皓歯燦爛としてわらふは白芙蓉の水をいでゝ微風に揺がごとし。嗟乎惜べし、かゝる美人も是辺鄙に生れ、昏庸頑夫の妻となり、巧妻常に拙夫に伴れて眠り、荊棘と倶に腐らん事憐に堪たり。若江戸にいださば朱門に解語の花を開、あるひは又青楼に揺泉樹の栄をなし、此隣国出羽に生れたる小野の小町が如く美人の名をもなすべきに、此美人を此僻地に出すは天公事を解さゞるに似たりと独歎息しつゝ言んとししに、娘は去来とてふたゝび柴籠をせおひうちつれて立さりけり。目送て顧、越後には美人多しと人の口実にいふもうべなり、是無他なし、水によるゆゑなり。されば織物の清白なる越後の白縮に勝れるはなし、ことさら此辺は白縮を産する所なり、以て其水の至清なるをしるべし。江河潔清なれば女に佳麗多しと謝肇淛がいひしも理なりとおもひつゝ旅宿に帰り、云々の事にて美人を視たりと岩居に語りければ、岩居いふやう、渠は人の知る美女なり、先生を他国の人と眼解欺てたばこの火を借たるならん、可憎々々「否々にくむべからず、吾たばこの火を借て美人にえん(烟縁)をむすびし」と戯言ければ、岩居手を拍て大に笑ひ、先生誤り、かれは屠者の娘なりと聞て再び愕然たり。糞壌妖花を出すとはかゝる事にぞいひしなるべし。
○再按に、小野の小町は羽州の郡司小野の良実の女なり、楊貴妃は蜀州の司戸元玉が女なり、和漢倶に北国の田舎娘世に美人の名をつたふ。北方に佳人ありといひしも、北は陰位なれば女に美麗を出すにやあらん。二代目の高尾は(万治)野州に生れ、初代の薄雲は信州に産して、ともに北廓に名をなせり。されば越後に件の美人を見しも北国なればなるべし。