わが国では冬はもちろん、春になっても二月ごろまでは雨が降ることがない。雪が降るからだろう。春の半ばになると小雨の降る日がある。このころになると、晴天はもちろん、雨にも風にも去年から積もった雪がしだいに消えていく。けれども家などは乾(北西)の方角にあたる側は消えるのが遅い。山々の雪は里より消えるのが遅いが、春の陽気の自然にともなって雪解けで水が増し、川々に水害の心配があるのは毎年のことである。春の末になると、人の住むあたりの雪は自然に消えるのを待たずに家ごとに雪を取り捨てる。あるいは雪を籠に入れて捨てる者もあり、あるいはのこぎりで雪を挽き割って捨てもし、また日なたに材木のように積み重ねておく者もある。こうすれば早く消えるからである(少しの雪は土をかけたり灰をかけたりすれば早く消える)。そもそも去年の冬のはじめから、雪の降らない日も空が曇って、気持ちよく晴れた空を見るのはまれで、雪に家を降り埋められて手もとさえたいへん暗い。ここに生まれ、ここに慣れて、毎年のことではあるが、雪にこもっているのは自然と気がふさいで心楽しくない。ところが春の半ばになって雪囲いを取りはずすと、日の光が明るく、はじめて人間の世界に出たような心地がする。ある年の夏ごろ、江戸から来た行脚の俳人を泊めていたが、その人が言うには、「この国のあちこちに行って見ると、裕福な家の庭には手を尽くしたものもあるが、垣根はどれも粗末で、間に合わせに作ったようだ。どういうわけか」と言う。答えて言った。「不審に思われるのももっともです。間に合わせに作っておくのは雪のためです。なぜなら、どれほど丈夫に作っても一丈を越す雪に押し崩されるので、軽く作っておいて、雪のはじめにはこの垣根を取り除くのです」と語ったことがあった。だから三月の末になると、われ先にとこの垣根を作るのである。さてまた雪の中は馬の足も立たず、耕作もしないので、馬はむなしく厩に遊ばせておくことがおよそ百日あまりである(わが国には牛だけを使う所もある)。雪の消えるころになると、馬もよく知っていてしきりにいななき、道に出たがる。人もまた長く縮めていた足を伸ばさせようと厩から引き出すと、喜んで跳ねあがったりするのを、胴縄だけの裸馬にまたがって雪の消えた所を走らせる。この馬は冬ごもりの飼い方によって痩せるのと太るのとがあり、痩せたものは馬の主の貧しさも知れるのである。馬だけではない。子どもたちも雪のはじめから外で遊ぶことができなかったのに、夏のはじめになってようやく冬の履物やわら沓を捨てて草履や雪駄になり、凧などをあげて駆けまわるのは、さもあろうとうれしそうである。桃や桜もこのころが盛りで、雪の中に浮世離れした花を見るのである。
百二十 三四月の雪
北越雪譜 現代語訳
原文現代語訳