百二十 三四月の雪

北越雪譜 原文
原文現代語訳

我国冬はさらなり、春になりても二月頃までは雨(あめ)降(ふ)る事なし、雪のふるゆゑなるべし。春の半(なかば)にいたれば小雨ふる日あり、此時にいたれば晴天はもとより、雨にも風にも去年より積雪(つもりたるゆき)しだい〳〵に消(きゆ)るなり。されども家居(いへゐ)などは乾(いぬゐ)に(北東の間)あたる方はきゆる事おそし。山々の雪は里地(さとち)よりもきゆる㕝おそけれども、春陽(しゆんやう)の天然(てんねん)につれて雪解(ゆきげ)に水増(まし)て川々に水難(すゐなん)の患(うれひ)ある事年々なり。春のすゑにいたれば、人の住(すむ)あたりの雪は自然(しぜん)にきゆるをまたずして家毎(いへごと)に雪を取捨(とりすつ)るに、あるひは雪を籠にいれてすつるもあり、あるひは鋸(のこぎり)にて雪を挽割(ひきわり)てすてもし、又は日向(ひむき)の所へ材木(ざいもく)のごとくつみかさねておくもあり。かやうにすればきゆることはやきゆゑなり。(少しの雪は土をかけ又は灰をかくればはやくきゆ)そも〳〵去年冬のはじめより雪のふらざる日も空(そら)曇(くも)りて快(こゝろよ)く晴(はれ)たるそらを見るは稀(まれ)にて、雪に家居(いへゐ)を降埋(ふりうづ)められ手もとさへいとくらし。是に生(うま)れ是に慣(なれ)て、年々の㕝なれども雪にこもりをるはおのづから朦然(まうぜん)として心たのしからず。しかるに春の半にいたり雪囲(ゆきかこひ)を取除(とりのく)れば、日光明々としてはじめて人間世界(にんげんせかい)へいでたるこゝちぞせらる。一年(ひとゝせ)夏の頃、江戸より来りたる行脚(あんぎや)の俳人(はいじん)を停(とゞめ)おきしに、謂(いふ)やう、此国の所々にいたり見るに富家(ふか)の庭(には)には手をつくしたるもあれど、垣(かき)はいづれも粗略(そりやく)にて仮初(かりそめ)に作りたるやうなり、いかなるゆゑにやといふ。答(こたへ)ていふ、いぶかり給ふもことはりなり、かりそめに作りおくは雪のゆゑなり。いかんとなればいかほどつよく作るとも一丈のうへこす雪におし崩(くづさ)るゝゆゑ、かろくつくりおきて雪のはじめには此垣をとりのくるなりと語りし事ありき。されば三月の末にいたれば我さきにと此垣を作る事なり。さて又雪中は馬足(ばそく)もたゝず耕作(かうさく)もせざれば、馬は空(むなし)く厩(うまや)にあそばせおく事凡(およそ)百日あまり也。(我国に牛のみつかふ所もあり)雪きゆるの時にいたれば馬もよくしりてしきりに嘶(いなゝ)き路(みち)にいでんとする心あり、人も又久しくちゞめたる足をのばさせんとて厩(むまや)をひきいだせばよろこびてはねあがりなどするを、胴縄(どうなは)ばかりの躶馬(はだかうま)に跨(またが)り雪消の所にはしらす。此馬冬こもりの飼(かひ)やうによりて痩(やせ)ると肥(こえ)るありて、やせたるは馬主(ぬし)の貧(まづし)さもしるゝものなり。馬のみにあらず、童(わらべ)どもゝ雪のはじめより外遊(そとあそび)する事ならざりしに、夏のはじめにいたりてやう〳〵冬履(ふゆげた)稿沓(わらくつ)をすてゝ草履(ざうり)せつたになり、凧(いかのぼり)などにかけはしるはさもこそとうれしさうなれ。桃桜も此ころをさかりにて雪に世外(せぐわい)の花を視(み)るなり。

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