年老いた人で、一つのことにすぐれた才能があって、「この人が亡くなったら、だれにたずねたらよいだろう」などと言われるのは、老人の味方であり、生きているのも無駄ではない。そうではあるが、それも衰えたところがないのは、「一生このことだけで暮れてしまったのだな」とつまらなく見える。「今は忘れてしまいました」と言っていればよい。
だいたいは知っていても、むやみに言い散らすのは、それほどの才能ではないのだろうと聞こえ、自然と誤りもあるだろう。「はっきりとはわきまえておりません」などと言うのは、かえって本当にその道の主だと思われるにちがいない。まして、知らないことを得意顔で、年配で、反論もできないような人が言い聞かせるのを、「そうではない」と思いながら聞いているのは、まったくやりきれない。