第11話神話・歴史抄訳

日本書紀

巻第二十四 皇極天皇四年六月(乙巳の変)

舞台 飛鳥板蓋宮(奈良県)
成立 720年 作者 舎人親王ら

原文当に嗣位に居すべきは天子なり。臣、罪を知らず。

現代語訳

皇極天皇の四年六月、朝鮮三国の使者が貢ぎ物を奉る儀式が、飛鳥板蓋宮の大極殿で行われた。天皇が出御し、そばには古人大兄皇子が控え、蘇我入鹿も座に着いていた。

中大兄皇子は、中臣鎌子(鎌足)とひそかに入鹿誅殺を計画していた。衛門府に命じて宮の門をすべて閉ざさせ、自ら長槍を取って殿の脇に隠れた。佐伯子麻呂らには剣を与え、「ぬかりなく一気に斬れ」と命じてあった。

蘇我倉山田石川麻呂が上表文を読み上げたが、読み終わりが近づいても子麻呂らが出てこない。石川麻呂は全身に汗を流し、声も手も震えた。入鹿が怪しんで「なぜ震えているのか」と問うと、石川麻呂は「天皇のお側近くにいるのが畏れ多く、思わず汗が流れるのです」と答えた。

子麻呂らが入鹿の威勢に怖じ気づいて進めずにいるのを見た中大兄は、「やあ」と声を上げて躍り出て、子麻呂らとともに入鹿の頭と肩を斬りつけた。入鹿は驚いて立ち上がったが、子麻呂が片脚を斬った。入鹿は玉座の下に転がり寄り、「皇位に就かれるべきは天の御子です。私にはどんな罪があるのか分かりません。どうかお調べください」と訴えた。

天皇が驚いて理由を問うと、中大兄は平伏して「鞍作(入鹿)は皇族を滅ぼし尽くして、皇位を傾けようとしています」と奏上した。天皇は立って殿中に入り、子麻呂らは入鹿を斬り殺した。その日は雨が降り、庭に水があふれた。入鹿の屍には筵や障子がかぶせられた。翌日、父の蝦夷は自邸で天皇記・国記や宝物を焼いて自害した。このとき船史恵尺が燃えさかる国記をすばやく取り出し、中大兄に献上した。

地点メモ:645年、中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我入鹿を討つ(乙巳の変)。
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