第57話物語抄訳
須磨巻
朧月夜との密会が発覚し、右大臣家の圧力が強まる中、源氏は官位を剥奪され、流罪にされる前に、自ら都を離れる決心をされた。行き先に選んだのは、かつて在原行平も身を寄せたという、摂津と播磨の境の須磨の浦であった。紫の上とは涙ながらに別れた。
須磨では、いっそう物思いの限りを尽くさせる秋風が吹いて、海は少し遠いけれど、行平の中納言が「関吹き越ゆる」と詠んだという浦波が、夜ごと、本当にすぐ近くに聞こえて、この上なくしみじみと心にしみるものは、このような所の秋なのであった。
源氏のおそば近くには、ほんの少しの人々がお仕えしていたが、みな眠っていて、源氏ひとり目を覚まして、枕から頭を上げて四方の激しい風の音をお聞きになると、波がすぐここまで打ち寄せてくるような気がして、涙がこぼれるとも気づかないうちに、枕が浮くほどになってしまった。琴を少しかき鳴らしてごらんになるが、自分でもひどくもの寂しく聞こえるので、弾くのをやめて、
「恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ」(恋しさに泣く私の声に似て聞こえる浦波は、恋しく思う都の方から風が吹いてくるからだろうか)
とお詠みになると、人々が目を覚まして、すばらしいと思うにつけても、こらえきれず、わけもなく起き上がって、そっと鼻をかんでいる。
十五夜の月を見ては、宮中の管弦の遊びを思い出し、「今宵は十五夜なりけり」と、はるかな都の空を眺めてお泣きになる。翌年の三月、上巳の祓えの日、海辺で禊をしていると、にわかに空が暗くなり、激しい嵐と雷が襲いかかった。