第71話説話抄訳・要確認
巻二十六第七「美作国の神、猟師の謀に依りて生贄を止むる語」
今は昔、美作の国に、中山と高野という神がいた。中山の神の正体は猿、高野の神の正体は蛇であった。土地の人々は、毎年の祭りに、未婚の娘を一人ずつ生贄として捧げることになっていた。
ある年、身分のある家の、十六、七歳のたいそう美しい一人娘が生贄に指名された。父母は嘆き悲しみ、祭りの日が近づくにつれて、ただ泣き暮らしていた。
ちょうどそのころ、東国から来た一人の男がいた。犬を使って猪や鹿を狩る猟師で、心がたけく、恐れを知らない男であった。事情を聞いた男は、娘の親のもとを訪ね、「娘御を私にください。私が身代わりになりましょう」と申し出た。親は、どうせ死なせる娘ならと、ひそかに男を婿に迎えた。
男は、日ごろ飼っている犬の中から、とりわけ強い二匹を選び出し、山に連れていって、生きた猿を噛み殺す稽古を繰り返させた。犬たちは、猿を見れば飛びかかって喰い殺すまでになった。男は刀をよく研ぎ澄まし、祭りの日を待った。
当日、男は長櫃の中に、犬二匹とともに身を潜め、娘の代わりに神前へ運ばせた。神主たちが祝詞を上げて帰ると、やがて社の奥から、身の丈七、八尺もある大猿が現れた。左右には百匹ほどの猿が並び、顔も尻も赤い。大猿がまな板と包丁を前に、長櫃の蓋を開けたとたん、男は「それ、喰らえ」と叫んで犬を放った。犬は大猿に飛びかかり、男も躍り出て大猿を組み伏せ、首に刀を当てた。
「おまえが長年、人の子を喰らってきた神か。いま首を斬ってやるから、神ならば助けてみよ」。大猿は歯をむいて手をすり合わせ、涙を流して命乞いをした。ほかの猿どもは木に逃げ上って泣き叫んだ。そのとき、神主の一人に神が憑いて、「今後は決して生贄を求めない。許してくれ」と告げた。男は、「二度と人を害するな」と誓わせて、大猿を放してやった。猿たちは山の奥へ逃げ去った。
男はその娘と夫婦になって末永く暮らし、以後この国では、生贄の風習は絶えたという。
岡山県津山市の中山神社は、美作国一宮である。境内の奥には、猿を祀る「猿神社」があり、この話を今に伝えている。昔ばなしの「猿神退治」のもとになった説話である。