第72話説話抄訳・要確認

今昔物語集

巻三十第九「信濃国の姨母棄山の語」

舞台 姨捨山(更級)(長野県)
成立 1120年頃 作者 編者未詳

現代語訳

今は昔、信濃の国更級というところに住む男がいた。幼いときに親を亡くし、伯母に育てられた。伯母を親のように思って、長年ともに暮らしてきた。

ところが、男の妻は、この伯母をひどく嫌っていた。伯母は年老いて腰が曲がり、体も二つに折れたようになっていた。妻は事あるごとに、「あの婆さんを、深い山に連れていって捨ててきてください」と夫を責めた。男も、はじめは聞き流していたが、繰り返し言われるうちに、しだいに心が傾いていった。

八月十五日の月の明るい夜、男は伯母に、「寺でありがたい法会があります。お連れしましょう」と言って、背負って家を出た。伯母は喜んで背負われていった。男は、高い山の峰の、下りられそうにもないところまで登ると、伯母をそこに置き去りにして逃げ帰った。伯母は、「これ、これ」と呼んだが、男は答えずに山を下りた。

家に帰って横になったものの、男は眠ることができなかった。長年親のように養ってくれた伯母を捨ててきたことが、悲しくてならない。見れば、あの山の上に月が冴え冴えと照っている。男は一晩じゅう月を眺めて、こう詠んだ。

わが心なぐさめかねつ更級や姨捨山に照る月を見て

男は夜が明けるのを待ちかねて山に登り、伯母を背負って連れ帰った。そして、もとのように大切に養ったという。

それから、この山を「姨捨山」と呼ぶようになった。「慰めがたい」ことを「姨捨」と言うのは、この歌に由来するのである。

長野県千曲市の姨捨は、冠着山のふもとに棚田が広がり、水を張った田の一枚一枚に月が映る「田毎の月」の名所として知られる。芭蕉も『更科紀行』の旅でこの地の月を見に訪れた。昔ばなしの「うばすて山」は、このような古い説話から、知恵ある老人が国を救う難題話などへと広がっていった。

地点メモ:巻三十第九 — 妻に責められ伯母を山に捨てた男が、月を見て悔い、連れ戻す。
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