第75話随筆抄訳

方丈記

日野山の方丈の庵

舞台 日野・方丈庵跡(京都府)
成立 1212年 作者 鴨長明

現代語訳

私は、父方の祖母の家を受け継いで、長くそこに住んでいた。その後、縁が薄れ、身も衰えて、三十歳余りで、さらに自分の心から、一つの庵を結んだ。これは以前の住まいに比べると十分の一である。それから五十歳の春を迎えて、家を出て世を捨てた。もともと妻子もいないので、捨てがたい縁もない。官位も俸禄もないので、何に執着することがあろうか。

そして今、六十歳の露のように消えかかる命がいよいよ迫ってきて、改めて、晩年の宿りを作った。いわば、旅人が一夜の宿を作り、年老いた蚕が繭を作るようなものである。これを中ごろの住まいに比べると、また百分の一にも及ばない。

広さはわずか一丈四方(約三メートル四方)、高さは七尺にも満たない。場所を定めないので、土地を所有して造ることもしない。土台を組み、簡単な屋根を葺いて、継ぎ目ごとに掛け金をかけてある。もし気に入らないことがあれば、たやすく他へ移そうとするためである。移すのに、どれほどの手間がかかろうか。車に積んでもわずか二台、車の賃金を払うほかは、何の費用もかからない。

今、日野山の奥に跡を隠して後、東に三尺余りの庇を出して、柴を折りくべる場所とする。南に竹の簀子を敷き、その西に閼伽棚を作り、北に寄せて衝立を隔てて、阿弥陀の絵像を安置し、そばに普賢菩薩の絵をかけ、前に法華経を置いている。東の端に、蕨のほどろを敷いて、夜の寝床とする。西南に竹の吊り棚を作って、黒い皮籠を三つ置いている。つまり、和歌、管弦、往生要集のような抜き書きを入れてある。そばに琴と琵琶を一張ずつ立てている。

春は藤の花を見る。紫の雲のように西の方に照り映える。夏はほととぎすを聞く。秋はひぐらしの声が耳に満ちる。冬は雪をしみじみと眺める。

そもそも、一生の月日が傾いて、余命は山の端に近い。まもなく三途の闇に向かおうとしている。何ごとを嘆こうか。仏の教えは、何ごとにも執着するなということである。今、草庵を愛するのも咎である。閑寂に執着するのも障りであろう。どうして、役に立たない楽しみを述べて、あたら時を過ごそうか。

地点メモ:一丈四方の組み立て式の庵を結び、晩年を過ごして本作を書く。
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