第76話説話抄訳

宇治拾遺物語

巻一第十二「児のかい餅するに空寝したる事」

舞台 比叡山(滋賀県)
成立 13世紀前半 作者 編者未詳

原文これも今は昔、比叡の山に児ありけり。

現代語訳

これも今は昔のこと、比叡山に一人の稚児がいた。

僧たちが、宵の退屈しのぎに、「さあ、ぼた餅を作ろう」と言ったのを、この稚児は期待して聞いていた。「そうかといって、作り上がるのを待って寝ないでいるのも、みっともないだろう」と思って、部屋の片隅に寄って、寝たふりをして、出来上がるのを待っていたところ、もう出来上がった様子で、僧たちがわいわいと騒ぎ合っている。

この稚児は、「きっと起こしてくれるだろう」と待っていると、僧が「もしもし、お目覚めなさい」と言うのを、うれしいとは思うけれども、「ただ一度で返事をするのも、待っていたのかと思われると困る」と思って、「もう一度呼ばれてから返事をしよう」と我慢して寝ているうちに、「これ、お起こし申すな。幼い人は寝入ってしまわれた」と言う声がしたので、「ああ、困った」と思って、もう一度起こしてくれればいいのにと思いながら寝て聞いていると、むしゃむしゃと、ひたすら食べる音がしたので、どうしようもなくて、ずっと後になってから、「はい」と返事をしたので、僧たちは大笑いすることこの上なかった。

比叡山延暦寺には、学問や行儀作法を学ぶために、貴族や武家の子弟が稚児として預けられていた。大人びた体面を気にする子どもらしい心と、それを見抜いているような僧たちの笑い。中学校の教科書でもおなじみの、ほのぼのとした一話である。

地点メモ:「児のそら寝」— ぼた餅ができるのを寝たふりで待つ稚児。
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