第90話随筆抄訳
第五十二段「仁和寺にある法師」/第五十三段「これも仁和寺の法師」
仁和寺にいたある法師が、年を取るまで石清水八幡宮を参拝したことがなかったので、情けなく思って、あるとき思い立って、ただ一人、徒歩で参詣した。ふもとにある極楽寺や高良神社などを拝んで、これだけだと思い込んで帰ってしまった。
そして、仲間の法師に向かって、「長年思っていたことを、ついに果たしました。聞いていた以上に、尊くいらっしゃいました。それにしても、参詣した人がみな山へ登っていったのは、何事があったのでしょうか。行ってみたかったけれど、神へお参りするのが本来の目的なのだと思って、山の上までは見ませんでした」と言ったということだ。
ちょっとしたことにも、案内者はあってほしいものである。
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これも仁和寺の法師の話である。稚児が法師になる名残を惜しんで、それぞれが芸などをしたとき、ある法師が酒に酔って興に乗りすぎて、そばにあった足鼎(三本足の鉄の釜)を取って頭にかぶったところ、つかえるようにして押し込み、鼻を押しつぶして顔を差し入れて舞い出たので、一座の者はみな大喜びした。
しばらく舞った後、抜こうとしたが、まったく抜けない。酒宴も興ざめして、どうしたらよいかと困り果てた。あれこれしているうちに、首のまわりが傷ついて血が流れ、ひどく腫れ上がって、息もつまってきたので、打ち割ろうとしたが、たやすく割れず、響いてがまんできない。医師のもとへ連れて行ったが、「このようなことは、医書にも見えず、伝える教えもない」と言う。
しかたなく、「たとえ耳や鼻がちぎれてなくなっても、命さえ助かればよい。ただ力いっぱい引っ張れ」と言って、わらしべを周りに差し込んで、首もちぎれるほど引っ張ったところ、耳と鼻が欠けて穴があいたものの、抜けた。危うい命を拾って、長い間病んでいたということだ。