第145話近世小説抄訳・要確認

雨月物語

巻之三「仏法僧」

舞台 高野山(和歌山県)
成立 1776年 作者 上田秋成

現代語訳

伊勢の国の拝志夢然という人は、家督を息子に譲って隠居した後、息子の作之治を連れて、諸国を旅していた。ある年の夏、二人は、紀伊の国の高野山に参詣した。

日が暮れてしまったので、宿を借りようとしたが、どの寺も、旅人を泊めることを許さない。やむなく、夢然親子は、奥の院の弘法大師の御廟の前にある灯籠堂の縁側で、一夜を明かすことにした。

夜が更けて、あたりは静まり返り、木々の梢を渡る風の音だけが聞こえる。そのとき、どこからか、「ブッポウソウ、ブッポウソウ」と鳴く鳥の声が聞こえてきた。仏・法・僧の三宝の名を唱えて鳴くという、霊鳥である。夢然は、その声に心を打たれ、句を詠んだ。

すると、遠くの方から、大勢の人の足音と、先払いの声が聞こえてきた。夢然親子が、驚いて縁側の隅に身を隠していると、身分の高そうな武士が、多くの家来を従えてやって来て、灯籠堂の前で酒宴を始めた。

家来たちの話から、その武士が、関白豊臣秀次であることがわかった。秀次は、叔父の秀吉から謀反の疑いをかけられ、この高野山に追放されて、切腹させられた人である。家来たちもまた、秀次とともに殉死した者たちであった。二人が見ているのは、亡霊たちの宴だったのである。

秀次は、夢然が句を詠んだことを知ると、夢然を呼び出して、連歌の相手をするよう命じた。夢然は、恐ろしさに震えながらも、句を付けた。宴が進むにつれて、亡霊たちの顔は、次第に殺気を帯びてきた。「修羅の時が来た」と誰かが言うと、亡霊たちは、刀を取って立ち上がった。家来の一人が、「この親子も、修羅の道へ連れて行こう」と言うと、夢然親子は、気を失って倒れてしまった。

気がつくと、夜が明けていた。夢然親子は、急いで山を下り、京へ帰っていったという。

地点メモ:「仏法僧」— 夜の霊廟で豊臣秀次一行の亡霊の宴に出くわす。
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