第177話説話抄訳・要確認
「食人鬼」(Jikininki)
昔、禅僧の夢窓国師が、ひとりで美濃の国を旅していたとき、道を教えてくれる人もいない山の中で迷ってしまった。日も暮れかかり、長いあいださまよったあげく、ようやく丘の上に、庵主の住む小さな庵を見つけた。一夜の宿を頼むと、老僧は冷たく断り、「隣の谷に村があるから、そこで泊めてもらいなさい」と言った。
教えられた村の長の家に着くと、家の中には多くの人が集まっていた。一人の若者が出てきて、「実は今日、父が亡くなりました。今夜、私どもは村のしきたりで、亡骸をひとり残して、みな隣の村へ出かけなければなりません。夜のうちには、奇怪なことが起こるからです。お坊さまも、ご一緒にいらしてください」と言った。国師は、「私は僧です。ここに残って、亡き方のために経を読みましょう」と答えた。
真夜中、国師がひとり亡骸のそばで経を読んでいると、何とも形の定まらぬ大きなものが、音もなく入ってきた。それは亡骸を持ち上げ、猫が鼠を食うよりもすばやく、髪も骨も経帷子までも、すっかり食べ尽くしてしまった。そして、供え物まで平らげると、また音もなく出ていった。
翌朝、村人たちが戻ってきたので、国師は昨夜見たことを話した。村人たちは少しも驚かず、「昔からそういうことになっているのです」と言った。国師が、「丘の上の庵のお坊さまは、なぜ弔いをしてくださらないのか」と尋ねると、村人たちは、「このあたりには、何代も前からお坊さまはいません」と答えた。
国師が再び丘に登ると、庵はたしかにあり、老僧が出てきて、ひれ伏して言った。「昨夜あなたがご覧になったのは、私です。私は、昔この地の僧でしたが、ただ衣食のために経を読み、弔いを営みました。その欲深い心の報いで、死んだのち食人鬼となり、この辺りで死ぬ者の亡骸を食わねばならなくなったのです。どうか、私のために施餓鬼の法要を営んでください」。
言い終わるやいなや、老僧も庵も消え失せ、国師は草深い中に、苔むした古い五輪塔の前にひとりひざまずいていた。それは、昔の僧の墓であった。
ハーンはこの話を、原話の舞台どおり美濃の山中の出来事として語っている。夢窓疎石は、美濃の虎渓山永保寺を開いた禅僧でもある。