二十二 鹽釜

おくのほそ道 原文
原文現代語訳

早朝(さうてう)塩(しほ)がまの明神(みやうじん)に詣(まうづ)。國守再興せられて、宮柱(みやばしら)ふとしく彩椽(さいてん)きらびやかに、石の階(きざはし)九仞(じん)に重(かさな)り、朝日あけの玉がきをかゝやかす。かゝる道の果(はて)塵土(ぢんど)の境(さかひ)まで、神靈あらたにましますこそ、吾(わが)國の風俗なれといと貴(たふと)けれ。神前に古き宝燈(はうとう)有(あり)。かねの戸びらの面(おもて)に「文治(ぶんぢ)三年和泉(いずみ)三郎奇進」と有(あり)。五百年來の俤(おもかげ)、今目の前にうかびてそゞろに珍(めづら)し。渠(かれ)は勇義(ゆうぎ)忠孝(ちゆうかう)の士(し)也。佳命今に至りてしたはずといふ事なし。誠(まことに)人能(よく)道を勤(つとめ)、義を守(まもる)べし。名もまた是(これ)にしたがふと云(いへ)り。

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